社労士旅行記

2006年09月29日

教育家終焉の地を訪ねる(下)5

4a7e7532.JPG正岡子規は「写生」を提唱しました。要は「思ったままを表現しなさい」ということです。現在なら当たり前ですが、当時はこういうことを言うのは非常な勇気が要りました。なぜならムカシの文学には色々な「規制」が多かったからです。

○感情をむやみに表してはならない
○文学はムカシからの表現を踏むべし
○文法を無視しても韻律にこだわる
○センチメンタルに呻吟すべし
○陳腐な決まり文句がある

などの決まりごとを打破する革新を唱えたのです。今日我々が当たり前にブログで表現しているようなことも、彼ら先人の苦心の末にあるのです。

現実に初秋の午後訪ねた子規庵は、そんな偉大な業績のよすがもなく、佇んでいます。子規の亡くなった間の次の間には、特別展示として明治の洋画家、中村不折と子規の俳句と絵画とを1枚の紙に書いた「句画」が展示されています。
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issikikyurokusiki at 05:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0)