2007年08月15日

悲劇の野球選手2

沢村栄治
景浦將
吉原正喜

太平洋戦争で戦死された野球選手です。私はこの方々しか知りませんが、もっと多くの野球選手が若いが故に徴兵され、遺骨すらないという状況になっていると思います。特に沢村賞の元になった、沢村栄治は有名です。

日本プロ野球界を代表する快速球投手

最初の徴兵で重い手榴弾を投げさせられて肩を痛め、左手を銃弾貫通の負傷、マラリアにも感染。

復帰後速球を投げられなくなったが、コントロールで三度目のノーヒットノーランを達成。

2度目の徴兵。武器としていたコントロールも失い、好成績を残すことができない。

巨人は契約を更改せず、1944年限りで解雇・引退

3度目の徴兵で乗っていた輸送船が米潜水艦により雷撃され戦死。享年27。
絵に描いたような悲劇です。「戦争さえなければ」という気にさせますね。

私は決して「平和を信じれば向こうから平和がやってくる」という信条の持ち主ではありませんが、戦争をやるなら何か美しいものや惜しいものを手放さなければならない覚悟は必要です。

戦死して若い才能を散らせた彼ら自身が何を思ったかは分かりません。しかし周囲の議論は「戦争は、あなたを失(な)くしたことだけでも罪悪である」というフレーズに凝縮されています。戦争は野球選手のみならず、多くの才能をスポイルし、人間の英知を非生産的に消費する魔物の一面があります。

私は戦前戦後に生きたことはありませんが、本を読んだりヒトに聞いたりしたその雰囲気は、パーッと明るくなった、という感じです。スポーツの才能が散らされることのない平和が一番です。明るいだけの均質社会、などとヒネたことを言うのは戦争世代の方から見ればゼイタクかも知れません。

とにかく当たり前にスポーツを楽しんだり、こうしてよしなき文章を書いたりできることに感謝しなければならない終戦記念日です。

issikikyurokusiki at 05:00│Comments(0)TrackBack(0)よしなしごと 

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