2007年08月05日

みんな朝青龍を笑えない5

謹慎の朝青龍、ショック抜けず…主治医が説明

”傍若無人の振る舞いの力士”というなら、マンガのああ播磨灘を思い出します。しかしマンガでは傍若無人を押し通せても、現実にはそうは行かないことをこの事件は教えています。しかしこういう問題、何も相撲協会と一横綱の話ではないような気がします。

”ああ播磨灘”では相撲界の問題点も指摘されていますが、同じ傍若無人でも主人公播磨灘の朝青龍と違う点は、短期で独立して自分の道を立ち上げるところです。朝青龍は、あくまで日本相撲協会のきまりに忠実な点が違います。でなけりゃあんなに落ち込まないでしょう。

もしある集団に反抗するなら、自分の良いと思う秩序を抜こうとするなら、独立して自分でやる気概が必要です。朝青龍の場合それこそ7月場所に対抗して播磨灘がぶち上げた「播磨十番勝負」をやる位の挑戦をしなければなりません。

例えば社労士の場合どうでしょうか。

播磨灘のような実力がある社労士ならば、例えば新社労士会を作って、登録料や会費など払わなければ良いのです。しかしたとえ実力のある先生でもそんなことはしません。なぜでしょうか。

社労士会が乱立しても、業界のためにならないことをみんな知っているのです。税理士や弁護士と比べて社労士は知名度が低いのです。認知の足りない団体が分裂しても自己満足だけで、良いことは何もないのです。

現在は不平不満を言って、しかし集団には所属する、そんなヒトが増えているような気がします。無論不平不満と建設的な批判とは違いますが、不平でも批判でも、受け入れられなければそれで黙り、次善の策を探るかあきらめる、そんな「覚悟」がサラリーマンだろうが自営業だろうが、何らかの集団に属する限りは不可欠です。

不平不満が満ちれば、独立も可でしょう。しかし力がないと所詮は既存の勢力には勝てません。朝青龍ですらたった4ヶ月の休みにショゲ返っている現状では、相撲協会との力の差は天と地ほどあるでしょう。そういう状態ではしっかり決められた秩序を守るしかないのです。そしてそれが結局業界の興隆につながるのです。

issikikyurokusiki at 05:00│Comments(0)TrackBack(0)その他社労士関連 

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