2007年08月03日

アメリカを親日に変える方法4

日露戦争前夜の話です。

日本は大国ロシアと戦争するに当たって、その引き際を考えていました。
1、戦争するとアジアでの欧米列強の貿易はストップ。
2、日露の和平あっせんをする国が現れる。

こういうパターンでしたが、そのあっせんする国は、日露双方に利害関係を持たぬアメリカが良いと考えていました。従って有利な講和条件を導き出すため、アメリカに親日的な雰囲気を作る必要に迫られたのです。しかし当時のアメリカは予想以上にロシア寄りでした。

○ アメリカの建国にはロシアの力が大きかった。
○ アメリカの富豪の大半はロシアと姻戚。
○ 新聞もロシアが買収しロシア寄り。

まあ金持ち同士の間柄に、貧乏人がくさびを打ち込もうというものです。それを行ったのが、金子堅太郎という政治家です。

彼の長所は「ルーズベルト大統領と同窓だった」ということだけです。新聞に寄稿したり、会合に出席して演説したりしましたが、まるでダメです。それを打開したのは、やっぱり大統領との親交でした。そのココロは、

○ アメリカは民主国家、ロシアは帝政で、政治形態が相容れない。
○ 間もなく始まった日露戦争での日本の連勝。
○ 日本が勝利してもアメリカの権益を害さない保証を与えた。

という3点です。

100年目の今日なかなかアメリカを親日的にするのは難しいようです。しかしその考え方の共通点、無害さ、また実績をもとに押していけば、不可能ではないことをこの史実は物語っています。

日本のアメリカ人脈は100年前の比ではないでしょう。アメリカの国益を害さない保証を与え、また実績を作れば反日感情を覆すのは決して難しくないのではないでしょうか。

issikikyurokusiki at 05:01│Comments(0)TrackBack(0)よしなしごと 

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔