2007年03月29日

バヌアツのエロマンガ島5

596e6582.JPG行ってみました「変な地名」

エロマンガ島
行った事はないのですが、私の住んでいたエファテ島の隣の島です。

エロマンガ島(正確にはエロマンゴ島、イロマンゴ島とある)は10個くらいの主な島で形成されるバヌアツ(ニューへブリディズ諸島)の南から4個目くらいの島です。バヌアツの各島案内(8年前のもの。データはさらに前)を翻訳すると、

「1度は白檀の貿易商人の基地として1万人の人口を抱えたエロマンゴ島は大変美しい自然探勝のできるところである。『カウリ王の木』は樹齢約1,000年であり、誇らしく丘にそびえたっている。今は500人ほどの人がエファテ島と同じくらいの広さのこの島に住んでいる」

とあります。

沖縄くらいの広さの島に、現在は1,600人が住んでいるようです。10,000人の人口があったのに激減したのは、南北アメリカのインディオの人口が減ったのと同じ理由です。つまり大航海時代のヨーロッパ人が持ち込んだ赤痢その他の外来疫痢や虐殺によるものです。

ヨーロッパ人のお決まりの侵略行為にあって、伝統文化などはほとんど残っていない状態なのです。つまり

まず交易(白檀:sandalwoodが特産)で島の資源を吸い尽くす。
→次にキリスト教の布教、メンタルの危機を感じた住民が反乱。宣教師食べられる。
→白人怒って軍隊で大虐殺。残った住民を脅迫的に洗脳。
→現地人激減、文化も気力も失い奴隷に売られる。

よく日本がこんな目に遭わなかったものと思えます。日本人もバヌアツ人も「人が良い」という点では共通しています。しかし日本人は欧米文明を取り入れる柔軟性と、闘う気概があったところが違いました。

バヌアツの首都、ポートビラでは政治機構も経済も白人なしには成り立ちません。ポートビラの沖合いに「民族主義の島」が浮かび、リビアのカダフィ大佐に影響された「暴徒」が立て籠もるのも、むべなるかな、です。

issikikyurokusiki at 05:00│Comments(0)TrackBack(0)南の島 

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