2006年08月30日

南の島へ行ったって…2

「子猫殺し」直木賞作家 背景に「日本嫌い」

南の島で悠々暮らすといっても、精神構造がこれでは”これじゃいかんぞな”(松山弁)と思います。この直木賞作家自身の生命観、死生観はともかく、単純に、動物と言えど生まれたばかりの赤ちゃんを殺すのは良くないと理屈抜きで感じますね。

タヒチもそうですが、バヌアツものんびりした南の島です。日本人は海外青年協力隊の方がほとんどですし、韓国人はほとんどおらず、中国人も問題ないのですが、その他の外国人は、何かこの作家の例のように「おかしくなった」感じのヒトもいました。

バヌアツ:ちょっとHな話で触れたように、性的なアブノーマル以外にも、南の島の悠々イメージとはほど遠いヒトも大勢います。現地人ものんびり屋のヒトも確かに多いですが、右翼も左翼もいますし、国家機構、法律というようなヤボな話も、付きまとってきます。

しかし大多数のバヌアツ人はやっぱり平和なのです。なぜでしょうか?


「寄る辺」を持っているからなのです。バヌアツでは個々のバヌアツ人は強烈な部族意識があります。外国人も例えば「フィジー人の集まり」「トンガ人のコミュニティ」を持っています。そういう方は自然にバヌアツの社会に溶け込み、温和に暮らしています。

ですが、この直木賞作家の場合、どうでしょうか。どうもそういっては何ですが、「おかしくなった」感じのヒトのようです。そしてその原因は「寄る辺」のないことかと思います。

いくら日本の現状に嫌気が差して、外国語の勉強をして文化や習慣をマスターし、外国に定住したとしても、現地のヒトから見ればこのヒトもれっきとした日本人なのですね。日本人のクセに日本嫌いという方は、外国では珍しいものではありません。また、英国人のクセに英国嫌い、米国人のクセに米国嫌いという方も多いのです。

しかしどうもそういう方は自分本位の狂気の世界にはまっていくことが多いようです。この「ネコ殺し」などは分かり易い例でしょう。ヒトとの付き合いがなくてもいいので、何らかの、共同体への「寄る辺」を失わなければ、外国でも日本国内でさえもうまく行くのだと思います。

issikikyurokusiki at 05:06│Comments(0)TrackBack(0)南の島 

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