2006年08月26日

インドネシア・ムルデカ!5

インドネシア独立戦争
「インドネシア独立!」という意味です。太平洋戦争中の日本軍の占領地では抜群に統治がうまくいったところで、日本の敗戦後、日本軍の元軍人が独立に手を貸したことで有名です。

日本は占領後、欧米諸国が植民地に対して取ったいわゆる「愚民化政策」を取らず、インドネシア人の教育に力をいれ、武器の使用法まで教えました。敗戦後大量の武器がインドネシア人に渡り、戦争の仕方を学んだインドネシアは並居る戦勝国の圧力を撥ねのけ、独立を達成したのです。

この統治の元となる思想はどういうものだったでしょうか。東条英機首相の特使と、インドネシア駐留軍司令官、今村均の会話が残っています。

特使「もっと武威を示す必要がある」
今村「武威など示さなくても、彼らは必要なだけ喜んで資源を出してくれる」
特使「じゃあもっと搾り取るべし」
今村「日本のやり方は貧しいものを豊かにすることであって、豊かなものを貧しくすることではないはずだ」

この今村大将、私が戦争中の日本陸軍で一番尊敬できる人物です。戦争初期、日本が世界史上かつて無い広い地域を占領したときの、有能な4人の方面司令官の1人です。この4人で2人は敗戦後死刑になりましたが、この人だけはマッカーサーでさえ死刑にできなかったのです。原因はこのヒトの終始潔い、日本人としての態度にありました。

このヒト、陸軍大学も出て、優秀であり、外国で武官としての経験もあって、視野も広かったのですが、死ぬまで無欲でヒトが良く、合理的なのですね。しかも筋を通し、戦う気概もあります。日本人の美質は「戦う気概を持つお人よし」に尽きるのではないかと思います。

そんな司令官の気質も気質なら、受け入れるインドネシア国民も優れた受容性がありました。開発独裁の弊害はあったものの、今日に至るまで、インドネシアは親日的であり、独立に血を流した日本人は尊敬されています。

issikikyurokusiki at 04:58│Comments(0)TrackBack(0)南の島 

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