2006年06月29日

あの旗を撃て

あの旗を撃てという映画がありました。太平洋戦争緒戦、日本が景気よかった頃のお話です。

フィリピンのコレヒドール島砲撃戦という戦いがありました。全身ハリネズミのように武装した島へ、対岸から日本の砲兵隊が海越しに射撃をしていました。

何しろ海越しで、向うの兵が現れて切り込むなどということもないので、砲撃も段々マイペースになりました。対岸の島の山頂には、アメリカの星条旗が翻っています。

そのうちに誰かが、「あの星条旗を打ち落とそうじゃないか」と提案しました。
「よしやろうぜ」ということになりました。


百数十門という大砲群です。3度目の一斉射撃で一弾が旗に命中し、星条旗は消し飛びました。ところが、勇敢なアメリカ兵がいて、すかさず新しい旗と旗竿を立て直したのです。

その勇敢さに、「あの立て直した旗をもう一回打ち落とそう」と言い出す者はいませんでした。

何か那須与一の扇の的のようなハナシですが、ちょっと違うのは、与一の弓の技ではなく、その勇敢な敵兵の祖国愛に対して感動したということでしょう。そのあたり、日本人らしい人情だなあと思います。戦争の敵国とか、殺し合いという概念を超えたヒト同士のコミュニケーションです。

60余年前の戦争にはこういう感動的なお話も多いのです。敵味方の飛行機が空中戦をして、お互い撃ち合いをして、機関銃のタマがなくなりました。「残念だがタマがなくなったよ。また会おうぜ。グッバイ」と手を振り合って分かれたそうです。激戦地ソロモン諸島のお話です。また会ったら、お互い国の威信を掛けて殺し合いをするのですが、荒野の中の一輪の花を思わせるような良いハナシではないでしょうか。

しかし現在の、近代化された砲撃戦、音速を超える空中戦では、このような「伝説」は出来ようがありませんね。しかし効率の世の中だからこそ、効率を超えた「伝説」を作り出すことも、人類の責務のような気がします。

issikikyurokusiki at 05:06│Comments(2)TrackBack(0)南の島 

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この記事へのコメント

1. Posted by DAI   2006年06月29日 14:31
5 お久しぶりです!

いつの時代も、常に軸にあるのは「公」ですね。
公と言っても、そこには必ず権力があるわけで。

権力の行使が効率化されれば、個の意志は無視されていくんでしょう。

『効率を超えた伝説』
僕にはイメージがわかないです・・・。
例えばどういうことですか?

2. Posted by フレンチフリゲート   2006年06月29日 17:09
5 DAIさんお久しぶりです!お元気ですか。

個が個として完璧に存在するならば問題ないのですが、大抵の個は、特に日本では何かにすがらねばならないのが現実です。宗教のヒトもいますが、大抵は「公」ですね。そこが日本人の他国に比べた美しさだったりします。

「効率を越えた伝説」の身近な例は、
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1387073/detail?rd
「日本一ハードルが高い面接」面接と言うだけならただの面接ですが、富士山頂で行われるというのが「伝説」なのです。この会社に入ったヒトはたとえ辞めることになっても、この面接のことはココロに残るでしょう。これが「伝説」です。

小林よしのり流に言うと「物語」ですね。ただの戦争でも、靖国に帰るという物語があったから戦えた、というのが彼の主張ですが、それに似ていますね。

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