2005年12月25日

世を救う御子誕生!しかし…2

神戸市 レジャービルの女子トイレに乳児置き去り

なんともクリスマスにふさわしい話題でしょうか?24日にこういうことをするとは、ご両親も事情があったのでしょうけど、切ないですね。いったい子どもとは何なのでしょうか?

キリストの生誕は宿屋がどこも一杯で、馬屋なら空いてるよと言われ、そこで出産しました。小生はミッション系の幼稚園だったので、この場面は演劇で何回も見ました。キリストは両親がいたのに、2005年後に親に別れた乳飲み子が発見されるとは、キリストも考えなかったでしょう。母親のマリアと父親のヨセフはどこにいるのでしょう?

こういう置き去りはチャップリンの映画「キッド」で見たことがあります。最初の方で「女、その罪は母たることであった」とあり、十字架を背負ったキリストが一瞬出てきます。確かに子どもを得て育てるのは大変なことに違いありません。このニュースのような事だって現代病理ではなく、昔からあるものです。

確かに生まれたばかりの子どもは人格もなく、遠慮なく泣き騒いで気に入らないことも多いと思います。しかしそれを虐待したり、反対に甘やかしたりするのは、教育でもないし愛し慈しむことではないのですね。子どもとは弱いものなのです。教育し、愛さなくてはならないのです。

近年は特に「勝ち組負け組」「下流社会」と言うような言葉が流行り、自分の気に入らないこと、あるいは弱者は貶めて何でも排除していいという風潮があります。無論子捨ての現象は先ほど書いたとおり昔からありました。しかしこの「気に入らないことなんでも排除」の論理は、終いには自分自身まで排除していく事につながらないでしょうか。

この子どもと2005歳違いの先輩、キリストは大食いの酒飲みで、他人には極めて寛容で、自分を死に追いやった裏切り者さえ許してしまいました。だから世界中に広まったのです。しかしキリストほどでなくとも、たとえ弱い泣き騒ぐだけの乳飲み子でも、この世に迎え入れるだけの度量を持ちたいものです。かつて、自分も手のかかるガキであるにもかかわらず、迎え入れられたようにです。

issikikyurokusiki at 06:19│Comments(0)TrackBack(1)よしなしごと 

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1. こんにちは・・・  [ 苺のこと ]   2005年12月25日 07:00
足跡残しておきますね★

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