2005年08月21日

日本軍と戦ったケネディ(上)3

「JFK」で知られるアメリカのケネディ大統領。彼が若い頃に、アメリカ海軍に所属して、太平洋戦争中、日本軍と戦ったということをご存知でしょうか?太平洋戦争のシーンで私の好きな話の1つです。

場所はオーストラリアの右斜め上、ソロモン諸島で、ケネディは海軍中尉として魚雷艇の艇長でした。魚雷艇というのはモーターボートに毛の生えたようなものに、魚雷を2〜4本積み込んだ全長6m程の小さな軍艦です。船体はペラペラのプラスチック板でできていました。どんな砲弾にもひとたまりもありませんが、速力はあらゆる戦闘艦艇のうちで世界一でしょう。

昭和18年、日本軍はやや負け気味になっていたというものの、まだ力がありました。ソロモンの島々も、あっちの島はアメリカ軍、こっちは日本軍と勢力が拮抗していたのです。そんな中、ケネディ艇は深夜のパトロールに出かけたのです。


日本軍は島々への補給が課題でした。輸送船ではスピードが遅くて襲われるので、高速の駆逐艦を輸送に当てていました。その夜、同じ海面を輸送の帰途にある「天霧」もその一隻でした。その「天霧」とケネディ艇が偶然にも、闇夜の中で至近距離で出会ってしまったのです。双方ともレーダーはありませんでした。

双方ともひどく驚いたことでしょう。全長6mの魚雷艇にとっては、相手は100m以上の重武装の鋼鉄艦です。駆逐艦の方も相手は小さいとはいえ、この海域で魚雷艇に奇襲されて撃沈された日本駆逐艦は1隻や2隻ではありません。しかし砲で破壊しようにも、余りにも近くて砲や機関銃の死角に入ってしまっていたのです。では「天霧」の花見弘平艦長はどういう決断を下したかというと…

「のりつぶすぞ、全速前進!」と命令を下したのです。体当たりされた結果、ケネディ艇は2つに折れて沈没し、2人が戦死。他の11人は全員海に投げ出されました。「天霧」は、舳先が多少ひしゃげ、少し水が入っただけ。無事基地に帰り着きました。さあケネディは無事大統領になれるのでしょうか?


issikikyurokusiki at 21:37│Comments(0)TrackBack(0)南の島 

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