「尼崎事故」に思う東北の社労士事務所訪問記

2005年05月02日

東北の社労士事務所訪問記

さて、会社も辞め、独立の旗を掲げて、気晴らしに旅行することにしました。

ただの物見遊山でなく、青森・岩手の2箇所の事務所を回って、それぞれの先生にお会いして、開業を支えるもの、特に精神的バックボーンを心で感じようと、出撃しました。

お2人とも、開業後短期間で成果を上げている事務所です。

まずは、青森の檜川社会保険労務士・行政書士事務所。4月28日夜、連休の前日だけあって青森行「ノクターン号」は20台もの続行便がでる盛況ぶり。

3箇所で休憩し、弘前に定刻到着。檜川先生に迎えに来て頂きました。快晴のもと、弘前城の桜は3部咲き。津軽富士の岩木山がくっきり見える絶好のコンデションで、弘前近郊の村で息子さんのマラソン大会を応援しました。

檜川先生、厳父と言うより兄貴という感じのお父さんで、お子さんはのびのび育っているようです。私のような突然の訪客にも物怖じしない様子は、良い教育を思わせました。走ってもいないのに彼は私にも豚汁を振舞ってくれました。

大会の後、檜川事務所のある五所川原市に移って、食事をし、名物の立ちねぶたを見学しました。青森県のねぶたの中でも、ここは絵でなく、大きな人形がねぶたになっていて、迫力満点です。

地域の拠点たる五所川原市は人口6万。不況の爪痕はここでも多く見られますが、地域を盛り上げようという気力が若い層に見られるのは、救いかもしれません。


檜川事務所の看板

その後、檜川事務所へ。大きな立て看板が迎えてくれます。窓が3つもある10畳敷き以上の広さで、アコーディオンドアで仕切って、一部屋で来客も容易に迎えられます。大きな机とテーブルで、大きな仕事も存分に行うことができます。

パソコンやOA機器が目立たないような広大な感じがするのは、背の高い家具が少ないせいでしょうか。メールや電話通信関係のリレーションは完璧です。

檜川先生の仕事振りは、法律を諳んじてというより、状況に応じた法律的な知恵が簡単に出てくるところが印象的でした。私も2つ3つ相談しましたが、「そういうところはこう言って、こう処理する」というノウハウは納得できるものでした。

知識は本で何とかなりますが、知恵は本人の性格次第。つまりコンサルは知識も要りますが、他の条件が同じならば、性格が大きな要素になるでしょう。檜川さんの話しかけ易い、アクセプタブルな性格に由来して、業務が広がっている感じがしました。

本を見させていただきましたが、私の見たかった開業関係もさることながら、仕事関連でも、行政書士関係の法律は社労士より範囲が広く、弁護士の書いた本も多くありました。東京の半田さんや森田夫妻の載ったRe-Startもありました。

檜川事務所のスペース以外にも、部屋が空いています。ゆくゆくは法人にして、もっと大規模にコンサル事業を行うことも可能なレイアウトです。

その晩は2厠イ譴燭桓宅で息子さんと3人で夕食。呑み屋でも、息子さんは私に気遣いしてくれます。こんな中学3年生が東京にいるでしょうか?その後、看護師の奥さんが帰ってこられてまたお話ししました。ご夫婦のノリがまるで若者のように活発なのが印象的でした。

issikikyurokusiki at 16:20│Comments(1)TrackBack(0)社労士旅行記 

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この記事へのコメント

1. Posted by 深石一夫   2005年05月06日 10:59
元気でやっているようですね。
連休は松山に帰り、ゆっくり休んできたのだが、まだ体調はよくない。
辻さんは無事着いてよかったね。日曜日の夕方、東京に着きます。
無理にとは言わないが、空いていたら会って話をしたい。辻さんに
会うのは無理だね。
ではいずれまた
父より

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